アマンダさんのおかげで発酵や醸造だけじゃなく、熟成のスキルまで覚えることができてめでたしめでたし、
「う〜ん、でもこれはちょっと困ったわねぇ」
って僕は思ってたんだけど、どうやらそうじゃなかったみたい。
「どうしたの? アマンダさん」
「まさかこんな短時間で発酵や醸造、それに熟成まで身につけるなんて思ってなかったのよ。だから熟成の練習に必要なお肉を用意していないのよね」
お料理って、おんなじ物でも作る人によって美味しさが違うでしょ?
それとおんなじで、料理人が使うスキルはそれを使いこなせているかどうかで全然効果が違うそうなんだ。
だからね、覚えたばっかりの時は、ちゃんと使える人と一緒に何度か練習した方がいいんだって。
「うちはお菓子屋でしょ? だからパンやお菓子に使う材料ならいくらでもあるけど、流石にお肉までは置いてないのよね」
「そっか。熟成ってお肉をおいしくするスキルだもん。そのお肉が無かったら練習、できないね」
だけど練習しようにも、熟成をかけるお肉が無いとできないでしょ?
だからアマンダさんは困ってたんだ。
「あら、肉なら露店に行けば売ってるじゃない。何なら、私が買ってきましょうか?」
でもね、そんな僕たちのお話を横で聞いてたルルモアさんが、無いなら買ってくればいいんじゃないの? って聞いてきたんだよね。
でもアマンダさんは、それじゃダメなんだよって。
「それがね、売っているものはすべて、すぐに食べられるようにある程度の熟成がすんでいるものばかりなのよ」
「ああ、そうか。普通の家庭では熟成なんてできるはずないものね」
さっき言ってた通り、お肉って狩ったばっかりのものはすっごく硬いし、そのまんまだとあんまりおいしくないんだって。
でさ、そんなの売ってもみんな買ってくれないよね?
だからお店で売ってるのは、お肉屋さんが仕入れたものをちゃんと熟成させてから売ってるそうなんだよね。
「それにたとえ落としてすぐのものが売っていたとしても、露店に並んでるものの殆どは調理しやすいようにスライスしてあるでしょ? そんなものに熟成を使ったら、流石に食べられなくなってしまうわよ」
「そう言われればそうよね。でもなぁ、この時間じゃあギルドに戻っても、もう何も残っていないだろうし」
自分で熟成をしたいんだったら、普通は冒険者ギルドに買いに行くんだって。
でもギルドで売り出されるお肉は前の日に冒険者さんたちが納品したものでしょ?
そう言うのは普通の家畜のお肉よりも人気があるから、予約しておかないと朝のうちにイーノックカウの商会がみんな買ってっちゃうんだってさ。
「流石に今から新しい肉を手に入れるのは無理でしょうね」
「この店にあるもので、他に熟成が試せるものはないの?」
「あるにはあるんだけど……」
そう言ってお母さんの方を見るアマンダさん
「えっ! 私?」
そんなアマンダさんに、お母さんはびっくり。
そりゃそうだよね。
だってお母さんは今まで、熟成のお勉強と関係ないからちょっと離れたところに座ってたんだもん。
「どうしたの、アマンダさん。お母さんがなんかした?」
「いいえ、そう言うわけじゃなくて……。あのね、今このお店にあるもので熟成を試せるものと言うと、お酒しかないのよ」
最初に熟成のお話をした時、これを覚えたらおいしいお酒が作れるようになるって言ったもんだから、僕に何をさせる気なの! ってお母さんに怒られたでしょ?
だから、アマンダさんはお酒でもできるよってのを言い出せなかったみたい。
でもね、それを聞いたお母さんはちょっとあきれた顔をしたんだ。
「さっき私が怒ったのは、ルディーンにお酒を造らせようとしていたからよ。流石にこの子のためになるなら、反対はしないわ」
「そっ、そうですよね」
それを聞いてほっとするアマンダさん。
と言う訳で僕は、さっき作ったベニオウのお酒で熟成の練習をすることになったんだ。
「これはうちの店でお菓子に使っている蒸留酒なんだけど、これは2年前に仕込まれた比較的新しいもの、そしてこっちは同じ果物から作られた10年前に仕込まれたものよ」
もう熟成のスキルは持ってるけど、練習をするならやっぱり見本はあった方がいいでしょ?
だからルルモアさんは、お店にあった二種類のお酒を持ってきてくれたんだ。
「ルディーン君は呑んじゃダメだけど、その解析があるから違いが解るわよね?」
「うん。10年前に作ったやつの方が、アルコールと他の成分がしっかりと混ざってるみたい」
アマンダさんが用意してくれた二つのお酒を鑑定解析で調べてみたら、2年前の葉アルコールと他のがバラバラって感じなのに、10年経ってる方はかなり混ざり合ってたんだよね。
それにね、そのせいでアルコールのにおいが弱くなって、お酒の香りがよくなってるって出たんだ。
「ええ、そうね。食材専門の錬金術師さんたちはその状態の事を、アルコールに水がまとわりついているような形になって角が取れると言っていたわ」
蒸留酒は作ったばっかりだとアルコールの味ばっかりしておいしくないんだって。
お酒の熟成ってのは、そのアルコールを水や他の材料ときちんと混ぜておいしくすることらしいんだよね。
「さっきはおんなじって言ってたけど、パンの生地を膨らませるのとは違うんだね」
「う〜ん。あれはどちらかと言うとお酒と言うよりお肉の熟成に近いのよね。でも、おいしくすると言う意味では同じでしょ?」
アマンダさんはね、せっかくお母さんがお酒で熟成の練習をしてもいいよって言ってくれたから、全然違う蒸留酒でやってみた方がいいって思ったんだってさ。
「例えばワインだと熟成に酵母が関係してくるからある意味お肉の熟成と似てるけど、蒸留酒はお酒の成分自体が変化して行くからね。せっかくやるなら同じような熟成をするものばかりで練習するより、違う効果が出るもので練習した方がいいでしょ?」
「違うのに、おんなじなの?」
「私も前に同じように思って聞いてみた事があるんだけど、正直難しすぎて良く理解できなかったのよね。でもまぁ、どちらも熟成には違いないからこの技術を使えばおいしくなるとだけ覚えておけばいいと言われてからは、何も考えずに使うようになったわ」
要はこのスキル、食材がおいしくなる効果の中で熟成と名の付く物なら全部有効みたい。
だから難しく考えないで、そういうものなんだよって思って使えばいいんだってさ。
「それじゃあ、ルディーン君。これを使って、こっちの2年物くらい熟成させてみて」
「えっ? これってさっき作った強い方のベニオウのお酒だよね? 蒸留酒じゃないけど、いいの?」
「大丈夫よ。これはワインと同じ醸造酒だけど、アルコール度数はそこにある蒸留酒よりも強いもの。蒸留酒を見本に熟成させれば、同じような効果が出るはずよ」
自然に熟成させるとワインとおんなじようになっちゃうけど、熟成スキルを使うと思ったように熟成させることができるんだって。
だからとりあえずやってみてってアマンダさんは言うんだよね。
「うん、解った! じゃあ、やってみるね」
と言う訳で、早速挑戦。
失敗しないようにもういっぺん2年物の蒸留酒を調べてから、実とかが入ったまんまのベニオウのお酒に熟成スキルを使ったんだ。
でね、それを艦隊解析してみるとちゃんと見本の蒸留酒とおんなじくらいの混ざりぐわいになってたんだよね。
「アマンダさん、うまくできたよ!」
「そう? なら、ちょっと見せてもらえるかな?」
アマンダさんはそう言うと、ちょこっとだけ木のさじで掬ってパクリ。
「うん。まだちょっときついけど、さっきよりは味が滑らかになってるわね。それじゃあ、ルディーン君。今度はこちらの10年物くらいまで熟成を進めてくれる?」
「うん!」
どうやら成功していたみたいでひと安心。
と言う訳で、今度はもう一個の蒸留酒くらいになれ〜って思いながら熟成を使ってみたんだ。
そしたらね、今度は何も言わずにアマンダさんがまた木のさじでベニオウの実のお酒をパクリ。
「凄いわね、このお酒。10年もの並みに熟成させたのに、香りはフレッシュなままだわ」
どうやら熟成はちゃんと成功してたみたいで、アマンダさんはすっごく美味しくなってるわよって僕に笑いかけてくれたんだ。
「そんなにおいしいの? 私も一口貰うわね」
そんなアマンダさんを見て自分も飲みたくなったのか、ルルモアさんも木のさじで掬ってパクリ。
「あらホント。果実酒は長期間寝かせるとまろやかになる代わりに香りが少し弱くなるんだけど、これは全くそんな感じが無いわね」
「ええ。それなのにアルコール臭さはほとんどなくなっているから、すごく呑みやすくなってるわ」
お酒の種類によっては、あんまり長い間熟成させると美味しく無くなっちゃうものもあるんだって。
でもこのベニオウのお酒は、10年くらい熟成させても全然大丈夫なんだってさ。
「さて、後はどれくらいまでこのお酒が熟成に耐えられるかね」
「えっ? これをさらに熟成させるつもりなの?」
「ええ。商品開発と言うのならこれでいいんだけど、今日はルディーン君の練習が目的ですもの。長期の熟成に耐えられるお酒なんてそう簡単に手に入らないのだから、ルディーン君には思いっきりやってもらおうかと」
長い間の熟成に耐えられるお酒ってね、買うとすっごく高いんだってさ。
だから普通はこんな実験、やろうと思ってもできないそうなんだよ?
でもこのベニオウのお酒は僕が作ったやつだから、お勉強のために使っちゃおうってアマンダさんは言うんだ。
「なるほど。ルディーン君にとっては、今の限界を知るのも勉強だからね」
「あっ、でもこのまま全部使ってダメになるともったいないから、小分けにした分を少しだけね」
とは言ってもせっかくおいしいお酒なのに、僕が力いっぱい熟成スキルを使って飲めなくなっちゃったら困るよね。
だからアマンダさんはベニオウのお酒が入った器からちょこっとだけ小皿に移して、僕の前に置いたんだ。
「さぁ、ルディーン君。今日最後のお勉強よ。今君ができる全力でこのお酒を熟成させてみて」
「うん! 僕、やってみるよ」
アマンダさんはね、これは実験だから失敗してもいいんだよって
だから僕は今できる全力で、目の前の小皿に入ったベニオウのお酒を熟成させたんだ。
「なにこれ? こんなお酒、呑んだことないんだけど」
「流石にこれは予想していなかったわ」
そしたらね、いろんなとこでおいしいものを食べてるはずのルルモアさんでさえ飲んだことないほど、すっごく美味しいお酒ができちゃってみたいなんだよね。
でもね、流石にこれはおかしいってアマンダさんは言うんだよ。
「ルディーン君は10年ほどの熟成も使えてたんだから、本来なら呑めなくなるとまでは言わないけど多少は味の劣化があるはずなのに」
「う〜ん。一度しっかりと調べなければはっきりとは言えないけど、もしかするとベニオウの実に含まれている魔力によって過熟成のマイナス面が取り除かれているのかも?」
ルルモアさんが言うにはね、魔物のお肉みたいに魔力を含んだ素材を使うと、本当だったらダメになるくらい熟成が進んでもその効果を魔力が引き継ぐからどんどんおいしくなるんだって。
「ちょっと待ってください、ルルモアさん。という事は、このベニオウ酒って……」
「魔力溜まりにより近い場所に生えた木から取れた実ですもの。普通のものよりはるかに多くの魔力を含んでいるでしょうから、熟成をよりうまく使える料理人が手を加えれば、この世のものとは思えないほどの極上のお酒になるでしょうね」
このお酒に使ったベニオウの実は、普通のと違っていっぱい魔力を吸っておっきくなってるでしょ?
だからほんとだったら香りが無くなっちゃったり、発酵のし過ぎで酸っぱくなったりして飲めなくなるはずなんだけど、魔力を多く含んでたおかげでこんな風においしくなったんじゃないかな? って、ルルモアさんは言うんだ。
う〜ん。なんかしんないけど、すっごく美味しいお酒ができちゃったみたい。
でも、そんなおいしいお酒を作れるようになったって聞いたら、お父さんはきっと大喜びするよね。
そう思った僕は、後でお父さんにいっぱい作ってあげるんだって、心の中でふんすと気合を入れたんだ。
極上酒爆誕!
でもまぁ今回はルディーン君の手柄と言うより、森の奥から採ってきたベニオウの実のおかげって感じですけどね。
しかし実際にとんでもないお酒が発見されたのは事実ですし、今のところこれを採りに行けたのはカールフェルト一家のみ!
その上醸造が使える料理人がイーノックカウにいるかどうかが解らないので、今のところこのお酒を造ろうと思ったらルディーン君に頼るしかないんだよなぁw